創業百余年“台所門おざき”は京都本願寺の近く、下京区樽屋町の漬物屋です。観光客にはわかりづらい小路にある為、お客さんは地元の人がほとんど。まさに、地元の京都人に愛される街の漬物屋です。
鰻の寝床のような敷地。手前が店、中が事務所、奥が漬物の仕込み場になっています。毎日売る分を、素材や天候を見ながら漬け込む日々。大量生産とは縁遠い、手作りの漬物がおざきの魅力です。
おざきの創業は明治35年。元々は伏見区深草大亀谷で「桃山大根」を栽培する農家でした。桃山大根は別名大亀谷大根、鼠大根とも呼ばれ、辛みがあり長時間たっても色や香りが変わらないことから、沢庵用大根として重宝されてきましたが、大亀谷地区の都市化とともに、沢庵用大根産地は三重県伊勢市に移っていきました。
そこで、現社長の尾崎雅一さんの先代が、農家から漬物店に転向。伊勢から仕入れた大根で漬物をつくるようになったのが「台所門おざき」の歴史の始まりです。
千枚漬は京を代表する冬の味覚。慶応元年(1856年)、京都御所の大膳寮で料理方を務めていた大黒屋藤三郎が考案したのが、その始まりです。
緻密な肉質と上品な甘みをもつ聖護院かぶらの持ち味を生かした京漬物の代表格として、人々に愛されています。
千枚漬の旬は、11月下旬から2月上旬頃まで。寒暖の差が大きく、朝に霜が下りるような気候を迎えると、身の締まったおいしい聖護院かぶらができるからです。
京都の名だたる料亭にも漬物をおさめている漬匠『台所門おざき』でも、冬本番を迎えて、千枚漬づくりが本格化しています。
最初の樽出しが始まった11月8日、お店を訪れ、千枚漬ができるまでの一部始終を見学させていただきました。想像以上の手間ひまをかけ、吟味に吟味を重ねてつくられる千枚漬。その実直で繊細な技と素材にかける愛情に感動しました。
『おざき』の千枚漬け用の聖護院かぶらの畑は、京都市中心部から車で40分ほど離れた亀岡市大井町にあります。畑の主・山下氏をはじめとする農家さんは、自身も漬物屋を営んでおり、自分が納得できる漬物用の野菜で漬物をつくりたいと、聖護院かぶらの栽培を始めました。『市場流通している規格品のかぶらではなく、漬物のための大きさや味を追い求めたら、結局、自分で農家をすることになってしまいました。』(山下氏)
早朝6時に畑を訪ねると、あたりは一面の朝霧。放射冷却で夜温が低くなっている証拠です。この夜の寒さと昼間の暖かさが、かぶらの味を格段に良くします。
「暖かいと葉ばかり育ってしまいますが、寒くなるにつれて身が締まり、きめ細かいかぶらができるようになります」(山下氏)。『台所門おざき』の長男・尾崎好洋さんと山下氏は、漬物会青年部で15年来のつきあい。「お互い漬物づくりに携わっているから、どんな聖護院かぶらが千枚漬に最高なのか、言わなくてもわかっている。いつもいいかぶらをつくってくれます」と、全幅の信頼を寄せています。
収穫された聖護院かぶらはその日のうちに、仕込みを始めます。1個1kg以上もある大きなかぶらをかかえ、ごく厚めに皮をむいていきます。昔は皮むき器で薄く皮をむいていましたが、大きく甘く育つよう品種改良が進んだ結果、しょうじ(皮と身の間の繊維が粗い部分)が厚くなり、包丁でないとむけなくなったそうです。
皮をむいたかぶらを、専用の「千枚用かんな」を使い、薄くスライスしていきます。「シーズン当初のかぶらは身がさくい(もろい)ので、割れてしまうことも。かぶらの状態を見ながら、慎重にかいていきます」(尾崎契太さん)。かく(かんなで削る)ときの音や手触りでかぶらの肉質や水分の状態などを見て、その後の塩の量や重石の加減を判断。手作業ならではの職人技の世界です。ここでスライスされる厚さは、1枚2.5mm。本漬けが終わった後は水分が出て、1.5mm前後の薄さになります。
かんなで薄くスライスされたかぶらは、下漬けへ。1枚ずつ丁寧に並べ、塩をふっていきます。塩の量は天候やかぶらの状態により違いますが、6%程度。このときの塩加減や重石の加減で千枚漬の味が決まるといって過言でないほど、重要な工程です。塩も、他の漬物とは違う上質のものを用います。千枚漬け用の塩は赤穂でつくられた「天然塩」と呼ばれる塩。通常の塩よりもにがり成分(ミネラル分)が多いため浸透が早く、千枚漬の身上であるパリッとした食感が生まれます。
3日掛けた下漬けが終わったかぶらの天地を返して重石をのせ、余分な水分や塩気を切ります。通称「水切り」「どんでん」「荒押し」と呼ばれる工程です。これを行うことで、本漬けのとき味がしみ込みやすくなります。
作業を見学していて驚いたのが、かぶらを容赦なくはじいていくこと。1個のかぶらで30枚ほどのスライスが取れますが、尾崎好洋さん・契太さん兄弟は、作業過程で形のくずれたものや身の状態の悪いものを次々と捨てていきます。「かぶら1個から20枚取れればいいほう。1個でスライス20枚が取れて、1樽に50個分のかぶらを漬けるから、20×50で1000。そこから『千枚漬』の名が付いたといわれています」(尾崎好洋さん)。
本漬けに入る前に、千枚漬のもう一つの主役・昆布の登場です。『台所門おざき』では、最上級の北海道産・利尻昆布を使用。昆布のうまみやぬめりが千枚漬の味を左右するため、昆布の質にもこだわっています。昆布は洗ったあと、殺菌のため米酢に浸し、外で2時間ほど干します。完全に乾燥させないよう、その日の湿度によって干し時間を調整します。
昆布の準備が終わったら、いよいよ本漬けです。本漬けで使う調味液(通称「ミツ」)は、漬物店それぞれが独自の趣向を凝らした“秘伝の味”。『台所門おざき』では、みりん、米酢、果糖(冷やすと砂糖よりも甘みが出るため)を秘伝の割合で混ぜ、1時間ほど煮てつくります。
樽にミツを振りかけ、かぶらを一段分並べ、昆布をのせ、かぶらを並べ、ミツを振る・・・。この繰り返しで、手作業で丁寧にかぶらと昆布が重ねられていきます。すべてを並べ終えたら、重しをして2晩。こうしてようやく、千枚漬が完成します。
千枚漬には昔から、壬生菜がつきもの。まったりと甘い千枚漬とさっぱりシャッキリした壬生菜は好対照で、色合いも白と緑で美しいからです。壬生菜はまず水で洗い、女性の髪をとかすように、指でまっすぐに美しく整えます。その後薄い塩水につけ、一晩おいて出来上がりです。
商品用の樽に詰めるのは、尾崎兄弟のお父さん・尾崎雅一さんの仕事。かぶらと昆布を丁寧に並べ、最後に壬生菜を詰めて完成です。
「シーズン当初と冬本番では千枚漬の味や歯ざわりは全然違います。最初はザクッとした歯ざわりが、冬はパリッと軽快な歯ざわりに。かぶらは甘みを増し、なめらかな食感に変わっていきます。寒くなるほどこんぶのぬめりも増し、太く糸を引くように。これからますますおいしくなっていきますよ」(尾崎雅一さん)。
最後に、千枚漬のおいしい食べ方を教えてもらいました。4枚あるいは8枚に切って食べるのが一般的ですが、半円に切り、壬生菜や細切りにした昆布を巻いて食べるのも、おいしいものです。見た目が華やかなので、来客時にもよさそうです。
千枚漬の昆布は細切りにして、好みで醤油と七味を振って食べるのもおすすめだそう。この時季を逃すと食べられない、冬ならではの繊細な味をお楽しみください。
㈱食文化 代表取締役 萩原章史
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