燻り、雅に香る 山内三又の究極のいぶりがっこ
風が弱くみぞれと雪が降り続く気候 そして、我慢強い山内の人々 古より米が豊かであった故に生まれた稀有なる漬物 『いぶりがっこ』
無農薬栽培の大根を沢水で洗い、縄に編みこみ、いぶり小屋に吊るし サクラとリンゴとミズナラを焚き、大根の位置を変え続け、燻すこと五日 米糠、塩、ざらめ、炊いた玄米、米麹、唐辛子、うこんや紅花と杉樽に漬け こみ、待つこと五十日 究極の漬物は完成する
秋田の山内地域が 発祥の地と言われる 『いぶりがっこ』
初冬の頃、山間部の山内地域は風が弱く、みぞれや雪の日が多く、収穫した大根を天日や風に晒して水分を抜くのが難しかった為に、囲炉裏の上に大根を吊して、囲炉裏火の熱と煙で干したのが始まりと言われていますが、その起源は明かではありません。
現在では、囲炉裏を構えた茅葺き屋根の家は姿を消しました。代わって大根の燻煙は屋外の小屋(いぶり小屋)で行われるようになりましたが、伝統的ないぶりがっこを作るには、重労働と長時間を要する為、昔ながらの、いぶりがっこの作り手は次第に減っています。
そもそもが、それぞれの家で自家消費の目的で作っていた漬物で、そのレシピーは家の数ほどあるのがいぶりがっこ。但し、添加物に頼らない伝統的な製法で作っている生産者はとても減ってしまいました。
初代いぶりんピック優勝者 高橋さんのいぶりがっこ
高橋夫婦は山内地域の中でも、特に山深い三又(みつまた)という地区で、農業を営むかたわらで、漬物などの加工品を作っています。
高橋登さんと奥さんの篤子さん、登さんお母さんの麗子さんが、大根と山内にんじんを無農薬で育て、究極の無添加のいぶりがっこ(いぶり大根とにんじん)を作ります。
いぶりんピックとは?
生産者の高齢化と食生活の変化により、生産者が減り続けている、添加物に頼らない『いぶりがっこ』が途絶えてしまうことに危機感を抱いた生産者と地元の横手市が、平成19年2月に初めて開催し、今も続いているのが、『いぶりんピック』です。
山内いぶりがっこ生産者の会の会員で競う、無添加いぶりがっこ部門で、初代チャンピオンに輝いたのが、高橋篤子さんです。 高橋篤子さんが優勝者として名前を刻んではいますが、実際には、ご主人の登さんとお姑さんの麗子さんの三人四脚で、究極のいぶりがっこは生まれます。
三又の山間部の畑で 無農薬栽培される大根と 山内にんじんが素材
秘境が多い秋田県の中でも、3本の指に入ると言っても過言ではない三又地区は、岩手県との境に程近い、深い山の中にあります。
清廉な空気と水と豪雪に恵まれ、夏冬・昼夜の寒暖の差が激しい三又では、立派で味の濃厚な野菜が収穫されます。また、厳しい自然と隔離されたような土地では、農薬を使用しないでも、立派な野菜を育てやすい環境にあります。
燻しの工程はまさに苦行
収穫後、冷たい沢の水で大根を洗い、一本一本を縄で編みこみ、10本前後(10kg以上)に束ねます。それから五昼夜兼行、サクラとリンゴとミズナラで燻す作業はまさに苦行です。
煙で目を開けているのが辛い『いぶり小屋』の中、燻し具合が均等になるように大根の重たい束を移動させ続け、火加減を調整し続ける。夜も昼も決して気を抜けない。下手をすれば、小屋が火事にもなりかねない。
まさに燻り行程は芳醇ながっこ(雅香)を生む為の苦行と言えます。重労働に長時間の緊張、高齢化に伴って後継者がいなくなるのも当然です。
贅沢な素材と杉樽に漬けこまれ、待つこと五十日
各家で燻し加減も、味付けも微妙に違うのが『いぶりがっこ』。高橋家では燻した大根と山内にんじんを、米糠・塩・ざらめ・炊いた玄米・米麹・唐辛子・うこんや紅花と一緒に杉樽に漬けこみ、約50日で完成します。
もちろん、厳密な調味料の分量や燻し加減などは一子相伝です。
苦行のような燻し工程後、昔は貴重だった玄米と米麹とざらめを贅沢に使い、香り高い漬物に仕上げる。古の山内の人々にそこまでさせたのは何だったのか?
まさに『いぶりがっこ』は、秋田の食の七不思議です。
手間暇と素材を贅沢に費やした『いぶりがっこ』。一般に市販されている、燻り臭が気になるだけの、いぶりがっことは確かに別物です。
京都の千枚漬けが二枚目俳優であるとすれば、山内のいぶりがっこは、まさに燻し銀の性格俳優。見た目は決して美形でなくても、その魅力は奥が深く、一度食べた人々を魅了します。
原材料の砂糖(中ざら糖)に含まれるカラメル色素以外に、人工的な添加物を使わない、安全で安心なことも魅力です。
素材の野菜を無農薬で育てる段階から、いぶりがっこが完成するまでの高橋一家の苦労と手間を考えれば、『沢庵みたいな大根の漬けもの』とは決して言えない、まさに、贅沢な漬物文化の究極品です。
(文・株式会社 食文化 代表取締役社長 萩原章史)
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