dancyu2011年6月号特集
竹やぶ
「手打ちそば」。それは日本が誇る伝統文化です。
馥郁たる香りと粋な喉ごし、瑞々しく繊細な甘味、
そんな絶品そばも自身打てば、感動はひとしお。
そこで伝説のそば職人が、おいしい技を特別披露。
この機会に、ぜひ、チャレンジしてみてください!
踊るように軽やかに、またあるときは激しく力強く。柔と剛が交差するスピーディーな妙技の連続にもはや目は釘づけ。こんなそば打ち、見たことがない!
白衣を着込み、打ち場に立つその人物は、竹やぶ主人阿部孝雄さんである。「竹やぶ」といえば、革新的な店づくりとともに江戸前の粋を感じさせるそばの味が評判の名店。看板である生粉打ちのせいろはむちっとなまめかしく、楚々とした上品な香りと豊かな甘味を兼備した逸品だ。そのせいろの打ち方、を直々に指南いただいたのである。
せいろの打ち方が公開されるのが初めてなら、阿部さんがそばを打つ姿もまた貴重だ。というのも、阿部さんは 33歳の時、一縷の無駄もない完璧なそばを打ち上げ、自分なりの頂点を極めてから、そば打ちを封印。「どんなに完璧なそばを打っても、それをわかってくれるお客さんが来るとは限らない」と空しさを覚えて、そば打ちは店の若い人たちに譲り、打ち場から遠ざかったのだ。
"伝説の秘技"として語り継がれてきたそのそば打ちの、封印が解かれるのは、34年ぶりのこと。しかも、今回は昔ながらのそば屋の仕事を受け継ぐ、ゆで方や盛りつけまで伝授してもらえることになったのである。
冒頭で触れた通り、そのそば打ちは極めて独創的である。水回し、こね、まとめ、のし、たたみ、包丁と大きく六つに分かれる工程から、曰く「無駄な動きを省けるだけ省いて」、疾風のごとき早業で進められる。
打ち上げまでに要する時間は、わずか10分足らず。感想しやすい生粉打ちは、手早さも味のうちというわけだが、それにしても早い。
そんな阿部流のそば打ちで、最大の特徴といえるのはこねの工程だろう。アップテンポの軽快な水回しとは打って変わり、その様は、まるでそばとの格闘。全身全霊でそばの生地をねじ伏せるかのように両手で押し潰していくのである。
このこね方により粘りと旨味を最大限に引き出すことができる。粘りが出れば生粉打ちでも切れにくく、しなやかなコシも生まれる。むちっとした食感の秘密は、力強い技にあったのである。
それにしてもなぜ、今、封印を解くことにしたのだろうか。尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。
「そば打ちを趣味とする人たちの打ち方を見ると、金太郎飴みたいに同じで個性がないんですね。プロのそば職人でもそう。修業先で覚えた打ち方から抜け出せない人がたくさんいます。そば打ちは基礎さえ身につければ、もっと自由でいい。生き様を映し出すような、自分らしいそばを打ってほしいと思うんです」
自身のそば打ちも、先達から学んだ技を基本に、独自に編み出したもの。自分らしいそば打ちから生まれるのは唯一無二の味。そこから新たな潮流が育まれれば、そばの文化は絶えることがない、と阿部さんは考えているのだ。
【 この続きはdancyu本誌(2011年6月号)をご覧ください。】
(文・上島寿子、撮影・石井雄司)
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