dancyu2011年2月号特集
津野山農業協同組合の干し椎茸
その食感は、木目が細かく、ビロードのように舌にやさしくまとわりつく。
加えて、予想を裏切る頑強な歯ごたえ。
凝縮した旨さがたまらない、前代未聞の肉厚干し椎茸ステーキ。
文句なしの旨さをご賞味あれ!
もしも、目隠しをして食べたら、果たして椎茸だとわかるだろうか。含め煮や筑前煮などで食べ慣れている干し椎茸だが、これほど鮮烈なインパクトを与えられたのは初めてだ。肉厚で、みっちりと目が詰まっている。どんなに頑強な歯の持ち主だとしても、この椎茸ステーキを「サクッ」と一気に噛み切ることは難しい。
だから、肉厚干し椎茸ステーキには隠し包丁が必須らしい。噛み切った直後には、きめの細かい「肉」の間からプチプチとはじけ出る、上品な旨味の「極上椎茸スープ」が口いっぱいに広がる。鼻に抜ける香りがいいことは言うに及ばない。今日、ここで椎茸ステーキに出会えたことに改めて感謝してしまう。とにもかくにも最高の味わいなのである。
高知県の山奥、愛媛との県堺に位置する檮原町は古くから椎茸の産地として名を轟かせている。ここ、四万十川源流の里は手つかずに近い自然に囲まれ、南国高知のイメージとは若干趣を異にしている。秋の棚田にはザクザクと霜が降り、冬には雪が散らつき、数か月間はキーンと冷えた空気に包まれる。この檮原の自然が肉厚の椎茸を育てる。寒さに耐えながら、じわじわと育つ椎茸だからこそ「肉厚」という、名誉ある呼称が与えられるのだ。
椎茸農家の中越計清さんに原木の並ぶ圃場を案内していただいた。太陽の光をほどよく遮った林の中は、しっとりとした冷たい空気が流れている。落ち葉を踏む足音だけが響く、静謐な空間だ。整然と並ぶ原木はくぬぎの木。
「木の養分と水で椎茸は育ちます。もちろん無農薬です。一度植菌した椎茸は6〜7年にわたり芽を出すのですが、肉厚椎茸に育つのは最初の年とその後せいぜい1年か2年。木の養分がたっぷりあるときだけ、ということです」と中越さん。
晩秋に切り出したくぬぎの木は3カ月ほど置いて乾燥させ、風通しよく組み上げる。1月も下旬にさしかかった頃、木の表面に直径1.5㎝ほどの穴をあけて菌を植え込み、発泡スチロールで蓋をする。ここまでが植菌の作業。菌は木の中で春を迎え、夏を越し、秋が深まるのをじっと待っている。そして、最低気温が8度以下の日が続き出すと、そろそろと芽を出す。じっくり溜め込んだ力を振り絞って、発泡スチロールの蓋を押し上げて頭をのぞかせるのだ。木の中でぬくぬくしていた椎茸はいきなり寒風にさらされるから、ぎゅっと身を縮めながら成長していく。中越さんはタイミングを見つつ、一つ一つに袋をかけ、雨や雪、霜から守る。袋を外すタイミングも難しい。天気と相談し、椎茸の成長具合を確認して、収穫の2日前に外し、外気にさらして仕上げる。
早春に植え付けられた椎茸の菌は、夏を越し、寒さが訪れるまでじっと力 を蓄えている。生命力のある、太いくぬぎの木から上質な椎茸が生まれる。
白い蓋を自らの力で破って、小さな芽を出す。
くぬぎの栄養をたっぷりとすって、すくすくと育つ。
雨から守り、凍てつかないように1本1本、袋がけをしていく。
立派に育ってきた。軸が太くて曲がりが少なく、笠がぎゅっと締まっている。どのタイミングで収穫するかは、椎茸農家の腕のみせどころだ。
精緻なひだに目をうばわれる。このひだを乱すことなく乾燥させるのはなかなか難しく、干し椎茸づくりの大きなポイントになる。
「直径が大きいだけではだめ。笠がきゅっと締まっていて、亀甲が入っているもの。そして軸が太くてまっすぐなのが肉厚椎茸の中でも極上品となります。なかでも30ものランクに分けられている中の『上厚』と認められるのは、菌の素養や木の養分、自然環境などのいくつもの幸運が重なりあったものだけ。全体の0.4%しか収量がない、というくらい貴重なものです」。収穫した椎茸は乾燥機で加工する。笠の裏のひだがよれることなく乾燥させるのはなかなか難しく、最後まで気を抜くことは許されない。さて、この肉厚の干し椎茸、まずはステーキにしてみよう。半日くらいかけて軸のつけ根まで柔らかく戻した椎茸は一気にやっつける。味つけは塩、胡椒。香りづけに醤油を少々。旨味たっぷりだから直球でいきたい。余分な味はいらない。
あんかけ椎茸は、戻した干し椎茸に片栗粉をはたいて、180度の油でからりと揚げ、好みのあんをかける。甘酢やケチャップ味のあんがお薦め、季節の野菜を組み合わせてもいい。
マスタード焼きは白ワインにも合う味わい。粒マスタードとマヨネーズを混ぜたソースを、戻した椎茸にのせてオーブントースターで焼くだけ。3品とも料理上手の中越優子さん考案のメニューだ。
「あんかけもおいしいですよ。戻した椎茸は片栗粉をはたいてさっと揚げます。あんはだしベースの和風でも甘酢味でも。そうそう、ケチャップ味もなかなかの人気ですよ。干し椎茸を料理するときのポイントはただ一つ。戻し汁を絞り切らないことです」
と農家民宿を切り盛りしている、料理上手の中越優子さん。その話を聞いて、あの、口いっぱいに広がる「極上スープ」に酔いしれたことを思い出した。そう、あれは椎茸の戻し汁だったのだ!生椎茸では味わうことのできない、凝縮感のある旨味と歯ごたえ。「重厚な肉厚干し椎茸」を一度食べたら、そのおいしさの虜になること間違いなし。
撮影・鈴木泰介 文/中村裕子
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