魚三の天然真鴨
明治三十八年 琵琶湖の湖北 長浜の町に初代 藤林三弥 が創業した魚三
様々な淡水魚のなれ寿司、鰻、鴨、鮒、琵琶鱒、いさざ、ほんもろこ、川海老
素材にこだわり、加工にこだわる魚三の伝統は 四代目 藤原英孝が受け継ぐ
琵琶湖の鴨食文化
魚屋で鴨を売るのが琵琶湖の常識の不思議
太古の昔から、日本人は野生の鴨を食していました。その中でも琵琶湖湖北産の鴨は美味で名高く、徳川将軍家へも献上されていました。
天保年間には鴨料理の専門店が商いを始めたほど、琵琶湖の湖北の町 長浜では鴨食文化が根付いています。
淡水魚漁の漁網に鴨が引っ掛かり、漁師がその鴨を集めて商いしたのが、琵琶湖の鴨流通の原点のようです。その為か、琵琶湖周辺では、天然の鴨類を淡水魚専門の魚屋で販売をします。
魚三は長浜市の北国街道中のこの看板が目印
魚三はその伝統を受け継ぎ、天然の鴨を集めて、地元の料理屋を中心に納める仕事を代々しています。
琵琶湖では既に廃れてしまいまった漁法ですが、鴨猟には銃は使わず、長い藤蔓に鳥もちを塗ったものを湖上に流して鴨を捕える『もちなわ猟』という方法で鴨を獲っていました。現在はもちなわ猟は行われていませんが、網を使って『生捕』にする方法は昔のままです。
鉄砲を使わないから、鴨の魅力が最大限に発揮される!
理由は2つ。先ずは散弾銃で撃ちとられる鴨は、当然ですが傷みます。銃弾が鴨を傷めるだけでなく、猟犬に噛まれることもあるので、傷みが出ます。
その点、網で生捕にするので、鴨に傷がつきません。もちろん、散弾が肉に混じることもないです。
次に、活けの鴨の首をひねって締めることで、天然鴨の滋養の元となる血液が鴨の体内に溶け込みます。
洋の東西を問わず、古来より、鴨は血抜きをしないのが、多くのグルマン達を虜にするポイントです。濃厚な深紅の肉や内臓は、鴨の血液に由来します。
冬場の鴨 それも米処で獲られる鴨が最高
鴨は春から秋にかけては、水草の葉や茎や貝などを食していますが、晩秋からは、水田の落ち穂や、稲刈り後に成長して実った米なども食べて、身を充実させます。
つまり、広い餌場が確保できる米処の鴨は、必然的に肉は肥え、美味になります。
魚三の職人技
現在、琵琶湖周辺では鴨の網漁は行われていないので、魚三では新潟の漁師から天然の鴨を仕入れています。 その鴨を注文に応じて、熟練の職人技で捌き、下ごしらえをします。
先ずは毛をむしり、骨と内臓を抜き、不要な頭と足先などを取り去ります。続いて、胸肉ともも肉と手羽を掃除し、お客様の注文に応じて切り分けていきます。
鴨のエキスを集めた『たたき』が味を深める
鴨の首から腰にかけての骨と軟骨部分を叩いて、鴨の骨と血を集結した『たたき』を作ります。いわば、この骨ミンチが、鴨すき(鍋)の出汁に深みを加えます。 もちろん、食べても美味ですが、骨のあたりが気になる方は純粋に出汁の元と考えても良いです。
鴨すき脇役は葱(九条葱系の青葱がベスト)と芹と焼き豆腐
各家や料理屋で違いはありますが、葱と芹が鴨の脇役となります。水菜や白菜でも良いですが、『濃厚な鴨に負けないこと』『短時間で煮える鴨と煮上がり時間が近い』の2点から、青葱と芹がベストマッチです。
さらに、鴨の滋味を吸って美味となる焼き豆腐も欠かせません。他には、しらたきなども入れるところもありますが、基本は葱・芹・焼き豆腐です。
鴨すきの出汁は昆布主体で鰹節プラス 調味は薄口醤油と塩と砂糖か?
これと言った決まりはないようですが、私が訪ねた長浜の鴨すきの名店『千茂登』では、昆布と鰹節の出汁をベースに、薄口醤油と塩と砂糖で調味していると推測されました。 『グツグツ』と煮込む鍋ではないので、予め調味した出汁を、都度さしながら、毎回、煮えた分を食べるのが流儀です。お好みですが、とき卵で食べるのが長浜流です。
1回目
出汁を張って沸騰させ⇒『たたき』と皮ともも肉を入れ⇒野菜を入れ⇒だき身(スライスした胸肉)を野菜に乗せて軽く火を通す ⇒ たたき以外は食べきる
2回目
『たたき』を入れたタイミングでは、今度は内臓肉ともも肉や皮をいれ⇒野菜⇒だき身の順番以降は同じで、やはり、入れた分を食べきります。
3回目以降は全く同じように、繰り返します。汁が濃くなるので、その都度、出汁をさします。
締めは餅やうどん まさに別腹
もちろん、雑炊も美味ですが、一般的には餅やうどんで締めるようです。
関東的には蕎麦でも美味です。つまり、特にルールはないですが、鴨の滋味が溶けた出汁を、一滴たりとも無駄にしないので、自然の恵みに対する感謝の気持ちです。
五臓六腑と骨身にしみわたる天然鴨の鍋
ものすごくお腹が一杯になるまで鴨鍋を食べても、不思議と2〜3時間も経つとお腹が減ります。脂がたっぷりでも、しつこくないのが天然鴨の証です。
厳寒期の真鴨に冬野菜 琵琶湖湖北の伝統の技が加わり、究極の美味となります。もちろん、レバーに砂肝にハツなどの内臓が美味なのは言うまでもないです。
長浜の伝統料理に留めておくには惜しい逸品です。
(文・株式会社 食文化 代表取締役社長 萩原章史)
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